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神農さま 私の生家は秋田市の薬屋であった。 ただ東京、大阪などの問屋から送られて来るものを売るというのでなく、自分のところでも地方向けの売薬を何種類もつくっていたから、こどもの頃多くの店員にまじってその手つだいをするのがとてもたのしかった。 近所のこどもたちが、その季節ごとに、赤トンボや、淡水にいるサワガニや、ヘビや、そのぬけがらやカエルやゲンゴロウなどをもって来ると、店員は二銭か三銭を渡す。彼らはよろこんで、青いどろばなをすすりあげてかけ出してゆく。それらはすべて薬用になり、そのほかにゲンノショウコだのドクダミだの、センブリなどという植物もまた彼らの小づかいかせぎのもとであった。 一月十一日は蔵びらきで、ふだんどこかに奥深くしまいこまれている神農さま≠フ木像が高いところに安置されて盛大な酒宴がはじまる。神農さまは白髪でもじゃもじゃのひげをはやし、顔のいろは青白く苦悩にみちたこわい目をし、口には草をくわえていた。 「神農さまは、医薬の神さまだしべ。それならもっと血色がよくて丈夫そうでねばおかしいな」 ある時私は父にいうと、父は、 「ばか。医薬の神さんだから、どうしたってああなる。いつもいつもみんなのためにあらゆる草だの虫だのを自分の口でためすから、その毒にあてられて丈夫でいられる時だのねえなだ」 その時受けた感動は、いまだに私にしみついている。 「ああ、こういうお方だから神さまになれたなだ」 だが、それからの私の生涯は全然そうではなかった。やれやれはずかしい。神農さま、ごめしてください。
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