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月白し


 こんど八年ぶりに引越した。
 昭和二十一年に大陸から引きあげて来てから、これが八度目である。

 若いひとたちが四十にもならないのに、どんどん自分の家を建てるのに、こっちは相変わらずの借り間、または借家ずまいだ。こんどの引越しも、決して八年間のたゆまぬ蓄積がそうさせたのではなく、むしろその逆であった。しかし、とにかく移転通知のはがきだけは出さなければならない。ここ四、五年、年賀状を出さないのだから、そのうめあわせという意味もある。そして私は気がついた。これまでも引越しのたびに通知だけは出しているのにこちらの住所のメモが訂正されていず、前の前の、その前の住所あたりに付せんがついて回送されてくるのも少なくない。これだと通知の効果はないわけだ。通知した以上は引越したということが強烈に相手に印象されなければ。――ところがいいぐあいに、土地の名が「赤堤」といい、青江という私の姓と組み合わせれば、色感があざやかだ。そこで、あいさつ状のおわりに、つぎのようなCM俳句を加えた。

  月白し 花花青江 赤堤

 ところが、せっかく苦心のこのはがきが、ひんぴんと付せんつきでもどってくる。がっかりした。そして気がついた。私の住所録もまた、ここ何年か訂正されずに、ほったらかしになっていたことを。まったくひとのことをいえた義理じゃない。これはおそらく日本人に共通する一つの性癖でもあろうか。ひとつのことを「かたち」としてきめてしまうと、もういじくるのがめんどうだという……。

「黒白と、赤青黄の三原色、この五つが色の基本だが、あんたの色彩的CM句には、黄と黒がない。もはや気苦労なしという境遇をそれとなく示したものかいな。おめでとう」
 こんなはがきが、ある友人から来た。それだとほんとうにいいのだが……。

(「毎日新聞」1963年4月10日)


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